北に回帰する理由を、吉田一穂は「古代緑地」で大胆な推量をした。かつて地軸は30度傾いていたというのだ。現在の極は緑地だったためその記憶で鳥も人も北を目指すというわけ。戦争中、我が子の定規と地図でこのアイディアを閃いたという。その日はこの発見に狂喜して眠れなかったという逸話も残る。
こういう詩人の推量を誇大妄想というは易いが、弟子に当たる井尻正二(小樽出身)さんは野尻湖でナウマン象を掘り当て、旧石器時代に新たな光を当てた。掘って掘って掘り抜く、という姿勢は一穂さんの考えて考えて考え抜くという姿勢と同じだ。「考えるとは一語一語、躓くことだ」という一穂さん。これを音に置き換えたらどうなるだろう。
・・・・・・演奏するとは、1音1音躓くこと・・・・・
「どんどん北へ行きたい」と言っていた音楽家がいた。ジョージ・ラッセルさん。リディアン・クロマティック理論を提唱していた人だ。私の身体にはリディアンがあった、と思うほど私はリディアン旋法が好きだ。コントラバスを倍音楽器としてとらえていることとも関係するだろうが、5度の倍音を重ねていくとリディアンになる。それはともかくジョージ・ラッセルさん、最近亡くなってしまった。ほとんど細川たかし記念館となっている真狩村(まっかりむら)の道の駅、そこの自動販売機についていたニュース電光掲示板でその訃報に接した。妙なとりあわせだった。どうでもいいか。
今回の工藤丈輝とのツアーを仕組んだのが旭川のモケラモケラ。北の大地を身体に入れてから演奏して欲しい(東京の空気のままではいけない)ということで、増毛に行く。私は旅に出てから大分経つが、工藤さんは着いたばかり、東京での公演を終えたばかりで疲れて顔色も悪い。
今年の正月に厳寒の海で海苔を採っていたおじいの家を訪ね、ゆっくり話を聞く。50年前までの鰊漁のことも聞けた。國稀酒造で酒を求め宿で飲む。
これを書いているのが11日。北海道最後の演奏の日。みょうに寂しい。