オンバク・ヒタム(11)

「授業料が足りない」

と、全身で感じた。ソウル音盤「神命」レコーディングの時だ。なにしろ、金石出・安淑善・李光寿さんとの録音。韓国の長短(チャンダン・リズム型)もろくに知らない状態のための引け目の上に、人生の授業料が決定的に不足していることを突きつけられた感じ。しかし、落ち込むことはなく、この場にいることができるだけで嬉しい。口、半開きでヘラヘラしている状態。

当時の私といえば、スピード命、効果至上とでもいう感じだった。「音楽」ではなく「音」です、なんて、したり顔で言っていたようなポストモダン気取りのイヤな奴。コントラバスを弾かずにビー玉を投げたり、電気仕掛けの大音量や極端なノイズで聴衆を驚かせて喜んでいた。効果という視点から見れば、楽器を弾くより何倍も速く、効果を出せた、と信じていた。音楽は「要素」「素材」の組み合わせ、情報を上手く扱うことが大事だった。今思えば、反比例して、ココロは荒んでいた気がする。

そんな私の目の前にいるのが:

金石出さん:ムーソク(シャーマン・巫楽)、釜山を中心にした東海岸巫楽のボス、このときすでに人間文化財(人間国宝)。眉毛は入れ墨、ゴールドのピアス。若い頃は目の青い人たちのところまで行った、というからおそらくシベリアまで行っていたのだろう。音楽や占い、儀式の細工などの情報は膨大だったが、「これでも昔の一割もありません」と日本語で話す。(日本の植民地時代に初めて学校に行った。)お茶目な仕草でいつも人を笑わす。できなければ海に突き落とされるという音楽の修行を三歳くらいからしてきた。(差別から、他の職業に就けない。音楽が上手くできなければ生きていけないのだ。)「神様なんか、見たこと無いですよ。」と平気でのたまう。乗ったときの演奏は別格、クッ(祭り)での演奏で、空間がフッと浮かんだ時のことは忘れられない。私は彼への感謝をこめて「stone out」を作曲、演奏し続けている。参考文献:「アリラン峠の旅人たちー聞き書 朝鮮民衆の世界」 (平凡社ライブラリー) 安宇植

安淑善さん(国楽、日本の邦楽にあたる):

88 年ソウルオリンピック開会式で無伴奏独唱。パンソリ、カヤグム、でも輝かしい実績をもつ人間文化財。日本でもヒットした映画「ソピョンジェ 西便制」(邦題・風の丘を越えて)で、最後に主人公が、やっとの思いで完成したパンソリを歌う時の歌の吹き替えも担当している。歌のこと、芸のことしか眼中にない。必死に「芸に生きている」のだ。韓国の音楽を心から愛し、誇りに思い、人と共有したい、というシンプルな気持ちをここまでの高い次元に持って行き、維持している。歌に選ばれた人だ。声のためによいと聞くとなんでも挑戦。この録音の時はある種類の蛇を食べていると言っていた。おそらく150センチくらいの身長が、舞台では180センチには見える。NHKホールでのオペラ仕立ての「春香伝」でのソロは凄かった。金石出さんと演奏できることが嬉しくて、すべてを聞き落とすことなく、見落とすことなくという状態だった。

李光寿さん(農楽・サムルノリ)

一世を風靡した「サムルノリ」のオリジナルメンバー。ビナリや各種アリランの歌唱でも高い評価を受けている。「サイトーさん、韓国のリズムはね、こう雪だるまがだんだん大きくなって、こんなにこんなに、大きくなっていくように、演奏するのですよ。病気だったら、その病気が治っていくように演奏し、本当に治るのですよ。」と打ち上げで話してくれた。12拍子だと、3×4と考えて春・夏・秋・冬、1年12ヶ月も、1日24時間も、1時間60分も、1分60秒もそういう単位でできていると言う。永遠に終わらないものを思った。李さんは、「サムルノリ」結成の前に四人で金石出さんのところに行き、半年間、習ったという。後日、彼の家を訪ねると玄関に「抗日戦線」で亡くなった父親のことを書いたものが飾られていた。

こんなキラ星を前に、ポストモダンボーイは何もできないのは、当たり前。

この三人は普段は一緒に演奏できないのだが、(シャーマンに対する差別が元にある)日本からベーシストが来ているという理由で演奏した。役に立てたのが嬉しかった。また、この録音が戦後、韓国の会社が日本人を使った初めての録音だろうということ。(当時日本語の歌は放送禁止だった。)

私にとっては、不器用でも、効果はなくても、黙々とコントラバスを弾こうと思ったきっかけになった。

このCDはよく売れ、翌年には中央日報ホールで大きなコンサートになり、その時のライブ盤もでている「ユーラシアンエコーズ」。また、後日、日本で、李七女さんがこのCDを使って踊りの会をし、その時、工藤丈輝も参加、七女さんが亡くなる直前彼女のために工藤・若林とライブをやり、癌研の病室でも演奏した。

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