二時間ほどしか眠れずに朝を迎えてしまう。ジャン・サスポータスさんがいつもジェットラグに悩んでいるのを思い出す。なるほど、こういう状態なのか・・・・受け入れるしかないので、ステージで野村さんが読む詩を出して何回もシミュレーションをする。それでも時間はまだまだある。進行中のCD制作(「朱い場所」ギャラリー椿でのライブ盤)のキャッチ・コピーを考えたり、乾千恵さん作詞の第三弾のメロディを考えたり、私には不釣り合いな巨大な部屋を徘徊する。ジャンが言っていたように、時差ぼけの明け方は確かに「仕事」はできるようだ。
ともかく日は昇り、本番の日を迎える。いつものように9時に食堂で朝食。毎日替わる豆のスープ、トウモロコシのタマレス、トマトジュースだと思うと実はスイカジュース、などなどおなかに優しく新陳代謝は日本にいるときより断然良い。主食であるトウモロコシをアメリカ合州国からの輸入に頼る構造を強制されているそうだ。胃袋を押さえられている訳か。カリフォルニアもテキサスも持って行ったのに。
カサ・デル・ラゴに着き、楽器と対面。今日本でも話題のウレタンハードケースに入っていた。安価でしかも9㎏、飛行機にも乗せられるというヤツだ。試したい気持ちはやまやまだが、貴重な楽器一本しか持っていない私は失敗は許されないので逡巡している。確かに面白い製品だ。それはさておき楽器と対面、おそらく中国製の新しい楽器。まあこれなら悲惨なことにはなるまい、と一安心。
ハワイで借りたベニヤの楽器はストラディバリと書いてあった!し、アラスカで借りた楽器も半分ベニヤそれで現代音楽の超絶技巧を弾かねばならなかった。カナダで借りた学生用の楽器で二回演奏、その両方ともCDになってしまった。シンガポールで借りた楽器はチューニングもおぼつかなかった。アルゼンチンで借りた楽器は駒の切り方が特殊で弦と弦の幅がまちまち、しかしそのすべてをひっくり返してもありあまるのが、フランスで借りたベルナーデル。私の人生を変えてしまった楽器、そして今、手元にあるのだ。
とりあえず、弦を換える。下2本をガムー社のテツバージョン銅巻きガット、上2本はピラストロのオリーブにする。プレーンガットはうまく鳴らないと判断。レンタル楽器ショップから派遣された入れ墨のロックドラマーは今日一日この楽器を見張る役目だという。笑顔も性格も良かったので助かった。AMTのマイクとプリアンプも持参したので、PAは簡単に決まった。会場はカサ・デル・ラゴの屋内ではなく、敷地内の特設テントだ。聴衆に静寂と集中を要求する詩とコントラバスを野外でとなるとなかなかムズカシイが、担当スタッフはとても優秀だったので二安心。楽器を横にして弾きたいので楽器を傷つけないために絨毯のようなものを敷くことが出来る?と聞くと「あるよ、空を飛ぶヤツか、飛ばないヤツどっちがいい?」だって。楽器を横にすると聞いた段階で怪訝な顔をするだろうと想定していたのに。
楽器のストレスから解放され、ホテルマン推薦のタコスで昼食。よろしく頼むよと楽器を磨き、ゆっくり弾く。あっという間に今日の催しが始まる。雨季の最後の時期のメキシコだが、今日は良い天気だ。助かる。雨が降ると特設テントの天井の雨音がちょっと心配だった。この一週間メキシコは異常気象で雨が続き、2日前のセッションは豪雨にたたられたと聞く。このところ私は稚内を29℃にしたり、メキシコの雨を止めたり、強力な晴れ男のようだ。
一組目フランス人女性詩人。メキシコプロレス・ルチャリブレの覆面をかぶって陽気に登場。スペイン語の字幕をモニターで流しフランス語の詩、二人の演者を呼びだし英語・フランス語・スペイン語でそれぞれの言語の音の妙を聴かせる。満員の聴衆も喜んでいる。なにせ入場無料!!なのでした。国際交流基金・ Japan Foundationも協力してくれている。感謝。
つづいて私たち。野村さんの説明を南さんが通訳してくれる。訳詞も聴衆の手に渡っている。一曲目「硯友社跡の無限(抄)」日本の昔の文学者達が卵をラグビーボールに見立てて試合をするがなかなかゴールできない様子を実況中継のように読む詩。私は後半はホイッスルも使いながら最大のスピード感をだすようにぶっ飛ばす。聴衆もなかなか良い反応。二曲目「デジャビュ街道」野村さんの代表作という。ねじれた感覚、命の記憶、水、DNAなどのイメージ。横弾きから始め、じっくり聴かせる演奏にした。後半長いソロの時間をいただいた。かなりの反応。最後の曲は「大フーガ」ほとんどラップ。ピークの場所を確かめておいて、打楽器的に乗りの良い演奏をした。野村さんがいついなく乗っているのが分かる。今まで共演した中でも一番の出来だ。この旅行で長い時間喋ったり、同じ体験をしてきたことが最高のリハーサルになっていたのだろう。
三番目はメキシコの詩人のオーソドックスな朗読。私は舞台裏で弦を元に戻さなければならなかったので、舞台裏から拝聴。コトバ一言一言を大事にして、演劇的要素も多分に取り入れてしっとりやっていた。
帰り支度をしていると何人も聴衆が声をかけてくれた。こういうときはいつも楽しい。野村さんも興奮気味だ。嫌われるためでもなく、媚びを売るためでもなく、はるばるやってきているので、やりたいようにやってそれが評価されると素直に嬉しい。ただそれだけ。
ホテル近くのファミレスで打ち上げ。南さん、高際くん二人とも喜んでくれているのでこちらも嬉しい。もう同志の感覚になっている。野村さんの知り合いの学生がもう一人参加。政治学をやっているそうだ。ラテンアメリカでは法律以外のコードで政治が動いているのではないか、という研究をしているという。なるほど、なるほど。