東工大でのセッション終了しました。連日のリハーサルで詰めてきた分、ほっとしたところです。ジャンとのつきあいが深くなるにつれていろいろ新しい経験をします。ジャンもわたしのよく言う「今・ここ・わたし」ということをよく分かっているので、今までのつきあいを十全に活かす方向でやりました。最初のツアーも、二回目のツアーも、ピアソラツアーも全部、活かすーーその中で出てきたテーマがグラシアス・ア・ラ・ビーダでした。世の中の流行りすたりに関係なく営々と続けられてきている人々の生活、そこに焦点を当てます。今回は1つの例としてジャン自身の記憶を辿りました。この初演は「今・ここ・ジャンと私」でしかできないものになりました。
最初に小さなテーブルを挟んでジャンと私が雑談をします。「今の世の中、変わりましたね、ジャンさん」というと「そうですね、昔と比べるとね~」と答えます。リハの時から現実と虚構の境のない部分でした。すぐに次のシーンに移ります。今でも夜なかなか眠れないジャンさん。カサブランカでの子供時代、夜中に起きてママを呼びます。海の音と蝉の音を効果音で使います。地中海の海岸での子供というとどうしても私はアンゲロプロスの諸作(特に「永遠と一日」)を思い出してしまいます。ママと一緒に海を見に行きますが、途中で一人だけで行きたくなる少年、一人で行きます。ユダヤ教の成人式(10歳代中ごろ)、特に強制されたわけではないですが両親を喜ばすためにやったそうです。ヘブライ語はほとんど知らず、音だけで覚え込んだ宣誓の言葉を覚え言おうとしますが、忘れてしまう恐怖にパニックになります。「バリ・ハタ・アドゥナイ」という言葉をリハから毎日聞いていたので私の耳にも住み込んでしまいました。
次は、合気道から派生した「気の道」での想い出。野呂先生との挨拶を日本語でやります。すぐ、ピナとの想い出に入ります。おどけて踊るシーンと「春の祭典」のシーンを何回も何回も繰り返します。「カフェ・ミューラー」と「春の祭典」(ストラビンスキー音楽)はピナの公演では、ほとんど同じ日に上演され、若いときのジャンは両方に出ていたそうです。ロシアのフォルクロアのメロディ・リズムをうまくアレンジした音楽はとても力強く、それに負けないくらい激しい振り付けになっています。すると、唐突に、タンゴになります。まずミロンガでゆったりと誘います。そしてラ・クンパルシータをディサルリスタイルを意識して演奏。
以上をワンクールにして、波音~ママ!に戻ります。繰り返す度にスピードをアップしてこのサイクルを5回繰り返します。3回目以降はカオスの要素が増えていきだんだんと狂気じみてきます。本当に息も絶え絶えになりジャンが「グラシアス・ア・ラ・ビーダ」をスペイン語で4番まで歌います。そして、このまえのピアソラツアーでの「ブエノス・アイレス午前0時」でやった「ジャン歩き」を新たに展開させました。特殊チューニングであらかじめ多重録音しておいたベースの海に波音、そして子宮内の血流音(胎児がーすなわちほとんど全人類がー10ヶ月近く聞いている音)をかぶせます。全く違和感なく重なります。人生の記憶からヒトの記憶さえも辿る旅のようでした。
そしてジャンが倒れた先に黒いコートがあり、両袖に25000円相当の1・5・10円玉!!!を忍ばせています。それはそれは重くて腕は上がりません。人を締め付けているお金。すると、そのコインをダンスしながら撒き散らします。ものすごい音響です。こういう音響は聞いたことがありません。そうです。リハーサルでもやりませんでした。(あまりにも過酷な動きと後片付けの大変さのためです・・・)すべてのお金を失い、しかし、同時に自由になったジャンのコートを私が脱がせてから二人でインプロヴィゼーションをしました。それが終わると最初のテーブルに戻り、ロウソクに火をともし、チープなラジカセで高田和子さんの「ありがとういのち」を小さくかけました。(もうすぐ一周忌になります。)三人で共演しているようでした。(実はそれも画策していました。)ジャンがロウソクを吹き消し終演。
終演後多くの質疑応答がありました。時間に余裕のある人はコインの片付けを手伝ってくれると嬉しいです、と言うと、本当に多くの人が手伝ってくださいました。こういう機会を作っている東工大世界文明センター(なんかすごい名前ですね)は面白いです。(前の日には新潟大の鈴木正美さんがロシアジャズの講演会をしていたし・・・)学生達のワークショップの模様もいつか書きたいです。
ありがとういのち
2008/06/05
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3 件のコメント このエントリのコメントを管理
Y.I
目に浮かぶような文章で、引き込まれてしまいました。
行きたかったですが、今回は用事があって伺えず・・・。
東工大もこんな企画を実現しているとは、粋ですね。
2008年6月5日木曜日 – 04:57 PM
K.K.
行って見たいと思った私の勘は当たっていた・・・・・と。でも、遠くて時間のやり繰りりが出来なかったのが本当に残念でした。ジャンさんと徹さんの関係がドンドン進化・深化していくのを感じます。今後のお二人の展開が楽しみです。
2008年6月7日土曜日 – 09:54 AM
tetsu saitoh
Y,IさまK.Kさま
コメントありがとうございました。初演ということもあり、ジャンの子供の頃からの想い出を織り込むということもあり、特殊な感じがしました。質疑応答で「いまの劇で・・・」と自然に言っていた質問者がいたくらい、劇の要素が強いものでした。いつかは私も書いてみたいものです。ジャンとだったらできそうな気がします。
2008年6月7日土曜日 – 09:45 PM