元気な人だ。しっかり眠れたということで目覚めもよく、近所を散歩してきたそうだ。玄米の和定食を食いながら、カエターノのフェリーニに捧げたCDを聴く。そのなかのNADAが流れるとこれもタンゴだという。フリオ・ソーサが歌い上げていたという。これでカエターノのタンゴが一つ増えた。これも完全にブラジル化して歌っている。
オリヴィエはモーリス・ベジャールの音楽をやったときにブラジル・アルゼンチンをくまなく回ったという。ドン・キホーテとチェ・ゲバラが題材で、毎回バンドネオンを弾いた。アルゼンチンでは多くの人が涙していたのに、ブラジルでは意外と覚めている印象だったという。
タンゴは悲劇を大げさに歌い上げなければならないし、バンドネオンはその1音だけですでにドラマを帯びている。実際、リハーサルでヘビーなタンゴを続けて演奏すると疲れる。峰真理恵さんもタンゴばかり歌っていると変になりそうと言っていた。
ブラジルはどうしてそうだったのだろうか?と聞くと、おそらく人生を楽しむことの方が好きだからだろうと言う答え。かつてブラジル生活が長い翁長ミドリさんに「なんで今ブラジル音楽がこんなに豊かなのか」聞いたとき、それは、日常がつらすぎるからと答えていたのとどこかで繋がる気もする。
タンゴ、ブラジル音楽を楽しんでいる(消費している)私は、どうやって演奏すればいいのか?なんて思ってしまった。