ライブ報告

12/5~6 planB 工藤丈輝との2日間 第一回

準備してきたものを出すのでは無く、そんな余裕もなく、ただただその場に反応していくことが、即興のおもしろさの一つだろう。当事者も、聴衆も全く同じようにそれを感じる。とんでもない展開を楽しめることもあるし、ずるをすると明白にでてしまう。その時その場でなければ全く起こりえないことが次々と有機的に連鎖して行くことを体験する。面白くないわけが無い。

行き詰まって予定調和に入ろうとすると、すぐさま、邪魔をする。得意技に耽溺しようとしてもムダだ。音楽同士だと、「音楽的」になろうとするのを、避ける、壊す。相手がダンスだとナルシスティックになるのを邪魔する、ありきたりのドラマを壊す。最後には服を脱ごうなどという小細工は置いてきぼりになる。(フリージャズからの即興と全く違うのはこういうところです。)自分を追い込む、相手を追い込む、何も出来ない状態に早くから持って行く。マゾ?
信じるために疑い続ける、欲が深いのだろう。全身全霊をかけ工夫を尽くしてノイズを出すのは、終わった後の沈黙をより深く味わいたいためなのか。

即興の現場では、人となりが丸出しになる。日常、何を考えているか、何を求めているか、どう訓練しているか、見えてしまう。隠すものがない。隠すヒマがない。技術も資質も露呈する。知らない自分がひょいと顔を出す。こんにちは、初めまして。へえ~。

そんな現場だから、ずるずると「汚くなる」「やけくそになる」「逃げる」「品が落ちる」「腐臭のする」人とは共演したくないし、自分がそうなるのを極力避ける。

工藤丈輝は2日とも、直球で反応してきた。なかなか楽しかった。フェリーニの「道」で言うと、才能豊かな綱渡り芸人(工藤)をいじめるザンパノ(徹)にならないようにしよう。20年続けたら私は72歳!

12/8 uplink factory 峰万里恵、高場将美との「望郷のタンゴ」

アントニオ・カルロス・ジョビンとジョン・レノンの命日のこの日、全くその事に関係ないレパートリー。しかし、世界遺産と言いたいような名曲揃いだ。ガルデル、ピアソラ、トロイロ、等に混じってフォルクローレ。今年いろいろな場面で何回も体験したビオレータ・パラ「人生にありがとう」(「よ」でなく「に」)は六番まで歌詞があった。メルセデス・ソーサでお馴染みの「聖家族のさすらい」アルヘンチーナの女の連作やミサ・クリオージョを作曲したアリエル・ラミレス作。

パラグアイから「イパカライの思い出」これは、カエターノ・ヴェローゾの「粋な男ライブ」で知っていた。カエターノが手のひらに水色の斑点を描いてそれを見せながら儀式のようにベースとデュエットしていた。グアラニ人の何とも豊かな音楽だ。こういうパラグアイの音楽に協力を惜しまなかったのが、ホセ・ブラガードさんだったと高場さんが教えてくれた。そんな彼と彼のチェロは、ピアソラにとっても本当に大きな存在だったのだろう。

高場さんの解説は、作曲家、作詞家、歌手、演奏家、を個人として光を当てる。「タンゴの有名な作曲家の一人」とか言うくくりでなく、個人名を持ち、ご飯を食べ、酒を飲み、恋をし、失敗をし、成功をし、喜び、哀しみ、生きたその人自身のことを語ってくれる。音楽や人間に対する信頼と愛情のなせる技だろう。毎回本当にためになります。

次回は、オリヴィエ・マヌーリのバンドネオンが入る。お楽しみに。

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