フラメンコ終了

長い長い長い長い一週間でした。長時間のリハ、ゲネ、本番二回。打ち上げまでフラメンコレストラン。みんな本当にフラメンコが好きなのですね。(日本は有数なフラメンコ市場なのだそうです。そのレストランでは、三組のスペイン人グループが情報交換していました。タンゴやシャンソンなどにくらべても桁がちがうのだそうです。)

私にとっては「これは、西洋オンガクではない?」と言うところから始まりました。その印象はあまり変わりません。やはり、アラブ・イスラム・ジプシーの要素が中心に有るのではないかと感じています。フラメンコにベーシストが殆どいないのは、ギタリストが即興的にドンドン和音とアクセントを変えていくからです。リズムがマスターできても、和音やアクセントを瞬時に変えられてはベースはついて行けません。ジャズでもそれに近いことがありますが、これほどの頻度と変化の量はありません。そして1拍目にアクセントが無いことが多い。「フツーの」殆どのポピュラー系音楽でベースの役割とは、和音の基本音を支えながらリズムをキープしビートを作り出しことですが、それが両方ともどう行くか分かりません。しかもプログレ・ロックのように細かい決めごとが何百とちりばめられています。

例えば今回のイアソン役のスペインのダンサーは「ファルーカ」と「ソレア」と「タラント」という曲をやったのですが、弟のギタリストを連れてきています。弟としかできない程の決めごとがあります。日本人のギタリストも公演に参加していましたが、「とても一緒に出来る代物ではない」ということで不参加。曲芸のような足さばきは時に一拍を32に分けるくらいになっています。これは一見の価値がありました。おそらく彼の得意技なのでしょう。リハからいっさいの乱れなく同じに踊っていました。スペインからの招聘トリオ(ダンス・ギター・歌)と在日本チームとが一緒に同格でやることはなかったのです。それほど個人的仕事になっている。

ブレリア、アレグリア、タンゴなど「リズムパターンが即ち曲」という感じなのです。それは、アルゼンチンフォルクローレ、韓国のチャンダンなどと共通してみられることです。アルゼンチンタンゴがいくつかの有名曲のアレンジが演奏家の勝負だったように、フラメンコの場合は、リズムや和音の崩し方が演奏家の勝負のようなところがあるのでしょう。ますます、出会って間もないベーシストは用がない、と言うことになります。

いくつかのソロの場面以外は前回同様、見ているしかないか、とも思いましたが、友人の追悼公演でもあるのでそれでは気持ちが収まりません。メディアが踊るシーンは全曲何らかの形で参加することにしました。ギタリストの即興の癖を抜き出し、ファルセータというギターソロを採譜し、楽器をカホンのように叩いたり弦をこすったり、ギタリストの左手が見える位置にこだわったりと工夫と苦労を重ねます。ギタリストもうち解けてくると「ここではこういう変奏リズムになりやすい」とか「ここを一緒にやってもらえないか」とか進んできます。カンテの人も「ここは長い高い音が良い」とか言い出します。しめしめ。やはりあきらめてはいけませんね。どこかには道はある。こういう絶望的な綱渡りの時こそ、自分が問われるのだ、という教訓です。

それにしても私はメディアものを三種類やっています。岸田理生作「メディア・マシーン」(これは今年の追悼会でも朗読ものでやりました。)渡辺えり子作「水の街のメディア」(李麗仙、若松武主演)そしてこのフラメンコ。何の縁でしょう?まったく。

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