2006.02.26 Sunday

ガットに惹かれて

初めてガット弦を弾いたのが15年くらい前のこと。今でもその時の感動を覚えています。「求めていた音はこれ!」それは後に、初めてフレンチ弓(コントラバスには、ジャーマン弓とフレンチ弓があり、戦後日本ではジャーマン弓が支配的です。)にふれた時と同じでした。幸か不幸か、強い師弟関係とは無縁だったので何事も自由に選べたのですが、多くの人の使っている弓(ジャーマン)・松脂(カールソンやペッツ)・弦(スチール弦)を疑問もなく使っていました。

自分の嗜好・指向に気がついてからは、本当に数多くの試行錯誤を経てようやく今の調整になりました。鶴屋弓弦堂の鶴田敬之氏に出会うことによってこの傾向が急加速。弦はミネソタのGAMUT社のTETSUバージョンなる特注極太ガット弦。弓は現在の使用楽器と同じGAND & BERNARDELのバロックタイプ(オーケストラピット用なのか短めです)。松脂はアルミ缶入りGUSTAVE BERNARDEL(製造中止のもので、あと一年くらいで使い切ってしまいます。どなたか譲っていただけませんか?どんな情報でもお待ちしています!)。

ごく最近イタリアのアクイラ社(ガット弦メーカー)が昔のレシピで松脂を作りました。これも愛用する予感。 テールピースはBogaro & Clemente社の158グラムという軽いフェルナンブーコ素材。テールガットはvelvet社のガット。新しい傾向が切り捨てていった昔の仕様にどんどんとなってきています。

近年のコントラバス界(特にクラシック系ソロ)の指向は、ハッキリクッキリとした大きな音を高音域を駆使して広い会場全体に響かせることを目指しているようです。(大型のチェロを目指しているような気がします)。そのためには倍音の少ない細い金属の弦をピーンと張って、キッチリと弓でとらえ輪郭をハッキリ出すことが必要になります。より細い「ソロ弦」というものさえあります。私の指向はその正反対だったことに気づいたのです。倍音や雑音が多く入った豊かな太った音。暖かく周囲の音とスーッと馴染む。少々不器用だけれど周りの音を包み込むようにブンブンと鳴り、時に自分の声で自在に歌を歌う。そんな指向だったのです。

リッチモンドでのISB(国際コントラバス協会)のコンベンションに参加した時、1000人近い参加者の中でガット弦はおそらく私だけ。「ガットを使っています」というとフィンランドの有名なソリストに「おまえは熱でもあるのか?」とおでこを触られましたし、お借りした現代の名楽器製作者ジョン・オーレさんの楽器(バール・フィリップスさん所有)の糸巻きにはガット弦は太すぎて入らなかったのです。なにしろ2~4倍も高価・太く弾きにくい・音程を取りにくい(下手に聞こえる!)・音が小さいという四重苦を背負っていますが、遠い記憶にふれるような音質や指に対する優しい感触には代え難い魅力があります。

バロックヴィオラの人と演奏したとき、普通の音程のほとんど半音低く調弦する方法を教えていただきました。その時の音も忘れられないものです。急に違う人の声が聴こえた気がしました。こういう環境で育ってきた楽器なのだということを実感しました。コントラバス界で最近ガットを見直す動きがあるようですがCDでじっくり味わって聴けるものは実に少ない。このCDの大きな目標は良いガットの音を録音することでした。熱く熱く共鳴してくださった先輩・井野信義さんのおかげでガット弦のコントラバスデュオという世にも貴重な録音が実現したのです。
  
ジャズでいえばチャールズ・ミンガス、ジョン・ラム、タンゴでのキチョ・ディアス、チェロではアネル・ビルスマ、ニコラウス・アーノンクール、パブロ・カザルスなどなどのガット弦の音に強く惹かれてきました。偉大な先達の後ろ姿を仰ぎ見ながら、ガット弦のすばらしさをお伝えすることが出来ればとても幸せです。

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