Orbit

齋藤徹(コントラバス)今井和雄(ギター)

同齢の齋藤と今井が50歳を前にplan-Bでデュオを始めた。その際にデュオを「100歳の軌道(Orbit)」と名付けた。それぞれ異なる軌道を生きているが時折接近する。その時に起こる偶然の共有は意図を超えた屈折を生む。そんな期待を込めた「Orbit」も126歳になった。(今井和雄)

 

ぼくのからだはこういうこと 根をもつことと羽をもつこと・弱さの力

DVD上映会&ミニライブ-矢萩竜太郎(ダンス)齋藤徹(コントラバス)

近藤監督と話そう

矢萩竜太郎さんはダウン症をもったダンサーです。彼のダンスは人の心を揺さぶります竜太郎さんのダンスは、今ここに、ありのままです。ただ踊りたい!という彼の嘘のないダンスに触れて、長年自身の心の中に抑え込んでいたものに気づかされたという人も多くいます。お互いの存在を感じあい、分かち合う社会、この場では、ハンディキャップは「弱さの力」となって、自由で創造的な空間を創り出しているのです。近藤真左典

齋藤徹のワークショップ 2019 特別ゲスト編 TALK&SESSION

そして日本

ゲスト:久田舜一郎

ワークショップの特別ゲスト編は、vol.1 ミッシェル・ドネダ、レ・クアン・ニン(即興演奏)、vol.2 ジャン・サスポータス(ダンス)、vol.3 岩下徹(即興ダンス)、vol.4 庄﨑隆志(俳優・ノンバーバルコミュニケーター)、vol.5 小林裕児(画家)と続けてきて、実は一段落ついていました。私の音楽人生は、どこにも所属することなく、日本だ、伝統だ、韓国だ、即興だ、ジャズだ、アジアだ、ヨーロッパだ、南米だ、タンゴだ、ダンス、美術、詩、映像、書、歌、ノイズだと右往左往してきました。しかし、ここに戻るしかないところに戻ることになるのです。はい、私の事情が事情だけにまとめにはいるつもりです。このセッションを区切りにして、私の生涯一冊の本を書こうと思います。そのためにもこの2回は不可欠でした。最後に残しておいたといえるかもしれません。なにをどうやっても、どうあがいても、見栄を張っても、嘘をついても最後にでてくるのが日本。骨の髄に染みこんだものとは何?そんなものあるの?交換不可能?単なる幻想?日本語?山川草木?日本人?天皇?四季?自然?共同体?祭り?歌?   私は幸運にも、沢井一恵さんと久田舜一郎さんと出会う事ができました。沢井さんは、栗林秀明さんの紹介で30年前、久田舜一郎さんは神戸での阪神淡路大震災チャリティコンサートで25年前。おふたりとは、フランス、ドイツ、韓国、スイス、ベルギー、などに行きました。一恵さんとは、シンガポール、タイ、ラオス、ハワイ、カナダ、アメリカにも行きましたね。おふたりを演劇公演にお誘いした時は、小劇場の脆弱さを露わにしてしまいました。世界各地での演奏でも、新しいだけのムーブメントや、かたちだけやコンセプトだけのインプロヴィゼーションの弱さをさらけ出してしまいました。ナンシーのフェスティバルで、名うてのインプロバイザー、アフリカの音楽家、IRCAMのメンバーを月へ向かって吠えた一声で沈黙させ場を仕切った舜一郎さん。韓国巫族芸能集団のリーダー金石出さん、ヨーロッパインプロバイザーのミッシェル・ドネダ、フレンチバスクのベニアト・アチアリと一瞬で繋がった一恵さん。おふたりを見ていると、あたかも異端と異端の点と点がかろうじて結ばれていって確固たる「伝統」が出来るのではないかと感じます。伝統と伝統は決して繋がらない。いかにも「ニッポン」なものは決して日本ではなく、反日本的なものこそが本当の「日本」を繋ぐことになるのはないかと思うようになりました。わびさびが日本的と言ったら「ねぶた」は日本的なのか?阿波踊りは日本的なのか?日本舞踊は日本的?舞踏BUTOHは日本的?各地に残る奇祭は? 自分と思っている自分は自分ではなく、反自分が繋がったものが自分。即興の対義語は、作品ではなく、自分自身だ、という私の考えに沿う考えにもなります。さらに言えば、音になったもの「より」音にならなかったものが重要ということにも繋がります。舜一郎さんに「能は奥が深いのでしょう?」と聞くと「いや、型をやっているだけです」とあっさりお答えになります。一恵さんは、あの小さな身体を借りて巨大な怪物が演奏しているのではないかと思わせます。 「日本」を代表とするような邦楽・能、その箏・小鼓。沢井さん久田さんは、もしかしたら反日本を強く持つがゆえに本当の「日本」なのかもしれないと思うようになりました。私たちは今、異端が本流になるその瞬間を目撃しているのかもしれません。仏教伝来が6世紀。仏教以前はどんな?神道?アニミズム?日本という概念は1500年「だけ」。 箏曲の伝統には検校が欠かせません。盲の人達の伝統とは?能には様々な宗教や政治が絡んできています。そもそも音楽・芸能は人々の赤銅色をした岩盤あるいはマグマの上にあり、禍々しいものも避けては通れないでしょう。私たちは、火傷をせずにそこに触ることができるのでしょうか?ピアソラはタンゴを、ミンガスはジャズを、パコはフラメンコを、ジョビンはサンバをつくればよかった。では、私は何を作れば良いのだ?作るものなどないのではないか?おふたりから何かヒントのかけらをいただけたら私たちの宝となるでしょう。  齋藤徹

齋藤徹のワークショップ 2019 特別ゲスト編 TALK&SESSION

そして日本

ゲスト:沢井一恵

ワークショップの特別ゲスト編は、vol.1 ミッシェル・ドネダ、レ・クアン・ニン(即興演奏)、vol.2 ジャン・サスポータス(ダンス)、vol.3 岩下徹(即興ダンス)、vol.4 庄﨑隆志(俳優・ノンバーバルコミュニケーター)、vol.5 小林裕児(画家)と続けてきて、実は一段落ついていました。私の音楽人生は、どこにも所属することなく、日本だ、伝統だ、韓国だ、即興だ、ジャズだ、アジアだ、ヨーロッパだ、南米だ、タンゴだ、ダンス、美術、詩、映像、書、歌、ノイズだと右往左往してきました。しかし、ここに戻るしかないところに戻ることになるのです。はい、私の事情が事情だけにまとめにはいるつもりです。このセッションを区切りにして、私の生涯一冊の本を書こうと思います。そのためにもこの2回は不可欠でした。最後に残しておいたといえるかもしれません。なにをどうやっても、どうあがいても、見栄を張っても、嘘をついても最後にでてくるのが日本。骨の髄に染みこんだものとは何?そんなものあるの?交換不可能?単なる幻想?日本語?山川草木?日本人?天皇?四季?自然?共同体?祭り?歌?   私は幸運にも、沢井一恵さんと久田舜一郎さんと出会う事ができました。沢井さんは、栗林秀明さんの紹介で30年前、久田舜一郎さんは神戸での阪神淡路大震災チャリティコンサートで25年前。おふたりとは、フランス、ドイツ、韓国、スイス、ベルギー、などに行きました。一恵さんとは、シンガポール、タイ、ラオス、ハワイ、カナダ、アメリカにも行きましたね。おふたりを演劇公演にお誘いした時は、小劇場の脆弱さを露わにしてしまいました。世界各地での演奏でも、新しいだけのムーブメントや、かたちだけやコンセプトだけのインプロヴィゼーションの弱さをさらけ出してしまいました。ナンシーのフェスティバルで、名うてのインプロバイザー、アフリカの音楽家、IRCAMのメンバーを月へ向かって吠えた一声で沈黙させ場を仕切った舜一郎さん。韓国巫族芸能集団のリーダー金石出さん、ヨーロッパインプロバイザーのミッシェル・ドネダ、フレンチバスクのベニアト・アチアリと一瞬で繋がった一恵さん。おふたりを見ていると、あたかも異端と異端の点と点がかろうじて結ばれていって確固たる「伝統」が出来るのではないかと感じます。伝統と伝統は決して繋がらない。いかにも「ニッポン」なものは決して日本ではなく、反日本的なものこそが本当の「日本」を繋ぐことになるのはないかと思うようになりました。わびさびが日本的と言ったら「ねぶた」は日本的なのか?阿波踊りは日本的なのか?日本舞踊は日本的?舞踏BUTOHは日本的?各地に残る奇祭は? 自分と思っている自分は自分ではなく、反自分が繋がったものが自分。即興の対義語は、作品ではなく、自分自身だ、という私の考えに沿う考えにもなります。さらに言えば、音になったもの「より」音にならなかったものが重要ということにも繋がります。舜一郎さんに「能は奥が深いのでしょう?」と聞くと「いや、型をやっているだけです」とあっさりお答えになります。一恵さんは、あの小さな身体を借りて巨大な怪物が演奏しているのではないかと思わせます。 「日本」を代表とするような邦楽・能、その箏・小鼓。沢井さん久田さんは、もしかしたら反日本を強く持つがゆえに本当の「日本」なのかもしれないと思うようになりました。私たちは今、異端が本流になるその瞬間を目撃しているのかもしれません。仏教伝来が6世紀。仏教以前はどんな?神道?アニミズム?日本という概念は1500年「だけ」。 箏曲の伝統には検校が欠かせません。盲の人達の伝統とは?能には様々な宗教や政治が絡んできています。そもそも音楽・芸能は人々の赤銅色をした岩盤あるいはマグマの上にあり、禍々しいものも避けては通れないでしょう。私たちは、火傷をせずにそこに触ることができるのでしょうか?ピアソラはタンゴを、ミンガスはジャズを、パコはフラメンコを、ジョビンはサンバをつくればよかった。では、私は何を作れば良いのだ?作るものなどないのではないか?おふたりから何かヒントのかけらをいただけたら私たちの宝となるでしょう。  齋藤徹

 

齋藤徹のワークショップ いずるばオープンリハーサル

齋藤徹(コントラバス)

矢萩竜太郎(ダンス)

むらかみひろし(ファシリテート)自分の生き方をデザインする!プロジェクト

いずるばフェスティバル2019開催にむけたリハーサル型のワークショップです。

プロダクションを制作することを通じて、齋藤徹さんと即興を中心に表現すること/しないことを学びます。

TYAインクルーシブ・アーツ・フェスティバル2019

出演・演出:庄﨑隆志、お栄役:東駒子、音楽・演奏;齋藤徹

日本の伝統芸能である浄瑠璃と文楽の人形によって
演じられる人形劇をイメージなさるかもしれませんが、
今回の舞台は全く別な新しいものになります。
北斎が今、現代に降りたったならば、、、
人形たちが息をふきかえし、
コントラバスの響きにあわせ演者とともに舞い、
晩年まで描き続けた北斎の作品たちが
映像の世界で動きだす、、
画狂人と呼ばれた北斎のエネルギーを
目で観て身体で感じていただける舞台です。